視覚デザイン論II
0. オリエンテーション
クリエイティブワークに取り組む際には、技法の習得だけでなく、社会の多様な情勢を踏まえてのリサーチと、これらを自らで思考し、整理することを求められる。 また、昨今視覚デザイン領域はかつてない規模で拡大を続けており、学生は一層広い視野から「デザイン」を捉え、多様なコンテキストを理解する必要がある。本講義では、デザインに関する技法、歴史、テクノロジーなど学ぶと共に、多角的に学生自らがデザインを再考することを達成目標とする。
1.今日のクリエイティブ系講義の前提
1-1.クリエイティブソフトウェアの現状
今日の教育機関におけるクリエイティブ系の講義においては、米国Adobe Systems(アドビシステムズ)社のソフトウェアが国内外で広く活用されている。同社のソフトウェアは画像加工、グラフィックデザイン、モーショングラフィックス、エディトリアルデザインのほか、近年はインターフェイスデザインやモーションキャプチャによるCG合成にも対応するなど、その「一強」の度合いは強まるばかりだ。実際に同社の売上高および経常利益は、これらのクリエイティブ系ソフトウェア群によって牽引され、過去最高を更新している。(Adobe Systems社, 2016)
クリエイティブソフトの歴史について述べる。遡ること30年前の1987年1月にAdobe Illustratorが、1990年2月にAdobe Photoshopが、当時GUI(グラフィカル・ユーザ・インターフェイス)を搭載したコンシューマ向けOSとして一般的であったMacintosh向けにリリースされている。この2つのソフトウェアは、クリエイティブ作業のデジタル化に大きく寄与しており、これらのソフトウェアの登場前後で、クリエイティブ業界の構造にも大きな変化があった。
中でも特に日本国内において顕著な影響があったのは、Adobe Illustratorがその対象領域とするグラフィックデザイン分野である。これまで写植機を中心として展開されていた「グラフィックデザイン」という分野において、求められる職能とその業界構造が大きく変化した。
その後、1991年12月には、現在のワードプロセッサソフトウェアとして事実上の標準となっている米国Microsoft社のMicrosoft Wordの日本語版がリリースされている。当時のWordは、縦書きに対応していないなど、日本語環境に最適化されておらず、シェアも伸び悩んでいたが、競合他社のソフトウェアや各国に向けたローカライゼーション、Windows OSとのバンドル販売などによって徐々にシェアを伸ばした。(吉川, 2015)
同時期に、コンピュータによる「クリエイティブ」が広く一般化していき、研究教育機関においても、いわゆる「美術大学」以外の学府に「デザイン」と名のつく学科・学部が開設され、関連する講義も広く開講されることとなった。
2.クリエイティブ系講義とソフトウェアの相関性
教育機関におけるクリエイティブ系の講義は、対象となるソフトウェアに応じて構成されることが多い。特に演習系の講義では、ソフトウェアによって成果物を制作することを求められるため、必然的にソフトウェアの操作方法を習得する必要があり、学生らが「ソフトウェアに操られる」ことから「ソフトウェアを操る」状態となるよう、講義が設計されている。
しかし、これらのクリエイティブ系ソフトウェアは、バージョンアップが頻繁に行われており、特に前述のAdobe Systems社の主要なソフトウェアの販売形態が、サブスクリプションに一本化された2011年以降は、その頻度が飛躍的に向上し、多い時には1ヶ月の間に複数回のアップデートが行われることも日常的となった。特に、アルファ版、ベータ版といった未成熟のソフトウェアを含めた、幅広いソフトウェアに対するバグフィックスのほか、各社から新製品が頻繁に発表されるデジタルカメラが持つ固有の画像形式(RAWデータ)を読み取るためのソフトウェアや、頻繁に新しい圧縮形式がリリースされる動画生成ソフトウェア(エンコーダ)、同様に新技術の策定と更新の多いウェブ技術などにおいてはアップデートの頻度が非常に高く、Adobe Systems社がサブスクリプションによるソフトウェア販売に舵を切った背景として、このように多様化するメディアやテクノロジへの柔軟な対応を実現することも、この理由の一つとして挙げている。(Mala Sharma @ Adobe Creative Days in London, 2013)
多くの場合、バージョンアップは前述の通りバグフィックスや新技術への対応など、肯定的な意味で行われることが多いが、機能の追加や廃止に伴ってユーザインターフェイスの大幅な変更が行われることがある。筆者も数年、あるいは半期ほど前に記述した教材が講義に適用できない事案に何度か遭遇している。結果として「紙の本」として専門書をリリースすることを「ためらう」、または「あきらめる」という実態すらも存在する。
[ユーザインターフェイスのプロトタイプソフトウェアとして著名な「Sketch」(2010年10月リリース,Bohemian Coding社)の日本語解説書を執筆した株式会社STANDARDの吉竹遼は、書籍の発売を告知するブログ記事冒頭で「アップデートが頻繁に行われるソフトウェアの本を紙で出すのは勇気がいりましたが(実際、発売1週間前にバージョン44がリリースされました)」と述べている。なお、本稿執筆時における同ソフトウェアの最新バージョンは46.2である。]
3.ユーザインターフェイスについての概論と現状
3-1.インターフェイスを概念として捉える
クリエイティブ系のソフトウェアに限らず、ソフトウェアの操作方法には一定のルールが存在する。例えば、GUI OSにおいて広く日常的に利用されている「マウス」というデバイスと「カーソル」というアイコンの間に、コンピュータの操作を意識することは殆どの場合に発生しない。また、「押せるボタン」と「押せないボタン」も色合いや影の描写などの違いにより、多くの人が直感的に理解できるよう設計されている。こうしたGUIの特性から、一定のコンピュータ・リテラシーを身につけたユーザ(学生)は、他のソフトも横断的にある程度の使用ができる状態となることが多くみられる。
3-2. インターフェイスに適用されているメタファを理解する
GUIが持つ特性の一つとして、「アイコン」が挙げられる。例えばファイルを格納する「フォルダ」は文具の「フォルダ」を模した図となっており、文具としての「フォルダ」を認知しているユーザであれば、この中に「書類を入れることができる」と理解することが容易だ。ワープロソフトとして広く用いられているMicrosoft社の「Word」も、書類を電子ファイルとしてやりとりする事が一般化した今日においても、タイプライター時代からの「ページ」や「用紙サイズ」という現実世界の「紙」の概念を継承している。もちろん、プリントアウトをするという前提を考慮していることは疑いもないが、同様に書類作成にも広く使用されている同社の表計算ソフト「Excel」は、かつて表計算のために用いられていた「スプレッドシート」(Kathryn Tomasek, Syd Bauman, 2013)をGUIソフトウェアとして電子化したものであるにも関わらず、新規ファイル作成時において「紙」を設定することはなく、印刷時に適切な設定を行うことで「紙」へのプリントアウトに対応する。多くのユーザが両ソフトウェアの特性を無意識に理解し、操作方法を習得して日常的に使用しており、かつ「表計算ソフト」をあたかも「ワードプロセッサ」の様にも使用している様子は、パーソナルコンピュータの誕生以降に発明されたソフトウェアが、人間に対して新たな「メタファ」を生み出した状態とも言えるだろう。実際に表計算ソフトの基本概念をベースとして、クリエイティブ系のソフトウェアで簡単な図表などを生成する事ができる。この一連の操作を、クリエイティブソフトに馴染みのないユーザであっても比較的容易に扱える現状は、これを裏付けるものと考える。
このように、多くのGUI OSやこの上で動作するアプリケーションは、現実のオブジェクトをメタファとして採用することで、ユーザビリティの向上を図っているが、同様にクリエイティブ系のソフトウェアも、Adobe Systems社の製品に限らず、多くのソフトウェアが同様に様々なメタファを引用し、操作方法はもちろんのこと、より根本的な「意味」をユーザに理解させる手段としている。
例えば「アイコン」という図表は、これを説明する上で有効なオブジェクトのひとつである。一例として、Apple社のiPhonに搭載されている音楽再生アプリケーションは、当初同社のミュージックプレイヤーであるiPodを模したアイコンであったが、iOS 5(2011年10月リリース)以降から次の図の通り、より直接的に「音楽」を意味する「音符」を模したアイコンへ変化した。これは同社のプロダクトとして、iPodからiOSデバイスへプレイヤーが移行したことを示すと共に、「iPod」のシルエットが「音楽を再生するもの」であることを示唆することが一般認知として難しくなっている背景がある。実際にiPodの出荷台数は、2008年度の5,483万台をピークとして、2011年から大幅に減少し、(臼田, 2014)2017年7月にはiOSを搭載するiPodであるiPod touchを除いたiPodの販売が終了となった。(Munenori Taniguchi, 2017)
昨年度、ソーシャルメディア上で、iPhoneに搭載されている「電話」アプリケーションのアイコン(受話器)が「何を示しているのかわからない」と述べた若者がいる、という投稿が話題を呼んだ。真偽の程は定かではないため、本講義にて詳細を述べることは差し控えるが、現状のユーザインターフェイスを揶揄する例として、この投稿がソーシャルメディアのプラットフォームを越えて「バズった」ことは記憶に留めるべきであろう。
上記までの「ユーザーインターフェイス」の現状を踏まえて
ここまでで、クリエイティブ系講義において必須の「ソフトウェア」についての歴史と概念について学習しました。これを踏まえて、次のフォームから簡単なクイズを行います。
Thank you.
今日はありがとうございました
今日は私の講義を受講いただきありがとうございました。質問や感想などがありましたら、ぜひ下記のフォームからご意見をお寄せいただければうれしく思います。